氷川女體神社は、江戸時代前期の神道家・橘三喜(たちばな みつよし)が、諸国一宮巡りを始める起点となった神社である。
橘三喜は、1635年、肥前国平戸の平戸七郎宮(現亀岡神社)の祠官(しかん、神官のこと)の子として生まれ、13歳のときに、第四代平戸藩主の松浦鎮信から神道を学ぶように命じられたというので俊才だったのだろう。府中国浅間神社の門人となり、神道を受け、その後、江戸の浅草に移って「弓矢神道」を広めている。
弓矢神道は、鎌を神体として、安産や巡行などの行事を勧める。その門人の一人が氷川女體神社の神主の武笠豊雄であった。この縁で、1657年、橘三喜は、浅草の平戸藩邸を出発し、一宮巡りを始め、最初に立ち寄ったのが氷川女體神社であった。その後、23年をかけて、全国一宮を巡行している。
橘三喜の墓は、氷川女體神社近くの武笠家墓地に残っており、墓碑には「一樹霊神」と刻まれている。今度、見に行ってみましょう。